<マイペース>と<自分らしさ>と心のひずみ
ストレスゆえに調子を崩しているときは、だいたいその少し前くらいに<自分を押し殺して頑張ったウィーク>があるものです。そんな時、「自分らしく」とか「マイペース」という言葉が嫌いになる。
私は真面目かもしれないが神経質ではないし、自分らしくすることが下手だとはこれぽっちも思っていない。だけど、これまで自分のペースと”らしさ”については悲しい思い出がある。
「ストレスで体調悪くする人は自分らしくできてない」って、合ってるのか間違ってるのか?
ー幼稚園の時、ずっと一人で遊んでいても平気だった私に先生は「お友達を一人作ろうか?」と言ってきました。当時の私が思ったこと。
なんで?
独りで遊んでいる最中、私の頭の中では人形やら動物やらを使っていろんなストーリーが展開されていて大興奮なのに。「友達ができたら先生に報告してね。」とも言われた。え?友達作るのって仕事なん?
ー同じく幼稚園の別の時。 3畳ほどの大きな紙にみんなで<餅つき大会>の時の絵を描く時間があって先生は私に「絵が上手だから大きい人間の顔をお願いするね」と言いました。餅をついている人物の口部分を描く時、私、自分なりに「これは男の人、口を大きく開けた横顔だから口の中が見えてピンク色になってるはず、でもピンクはないから赤にしよう」と考えて口の中を赤く塗りつぶしたんですね。そしたら先生が慌てて、しかもキツめに私に言ったんです。
「違うでしょ?口を真っ赤に塗りつぶしたらダメじゃない!こうするのよ!」と別の子が担当した口紅のように唇だけを真っ赤に囲っている隣のもう一つの顔を指さされました。口の中は真っ白です。私はこう思ってました。「なんで?男の人の唇が口紅塗ったみたいに見えないようにこっちにしただけなのに?そもそもどっちもあってええやん?なんで違う塗り方したら怒るん?」でも言えない。先生笑ってたら言うけど、顔怖い。むっちゃ悲しい…。
ー大人になったらなったで。仕事してても、休憩が必要なほどまだぜんぜん動いてないのに一緒にいる人が「コーヒータイムしよ~」って言って、自分は必要ないのでちょっと渋ると「真面目やなぁ、ゆっくりやろ~」と半ば強引に付き合うことになる。
何人かでキャンプに行き、やっとこさ着いた火だからといって、全員でそのままそこを離れて用事をしようとするから「え?火、誰か見とかないと」と言ったら「近くにおんねんから大丈夫やん。もう、心配性やな~考えすぎやで~」と笑われる。いや、言うてるそばから隣の家族のおチビちゃん、火の横を走ってるし!
そんな私が調子を崩すと決まって言われる。
「真面目で、融通が利かないからストレスになるんだよ」
「何言われても自分らしくやったらええやん」
「マイペース、マイペース」
…いやちょっと待って。
「真面目に・ちゃっちゃと・自分の意志で決めて動いている」
充分<自分らしく>動いておるのだが?それをやめさせようとする誰かがいる。
塗っている色、選んでいるものにも意図がちゃんとあるし
一人で黙々と仕事をスピーディーに終わらせるのが好きだし
息抜きはするけど無駄話は苦手だし
避けれるはずの事故を用心して回避して何がおかしいんだろ?「自分らしくできてないからストレスがたまる」というのは正解だけど「真面目に・ちゃっちゃと・自分の意志で決めて動いている」=マイペースではない って判断されてるの、違和感しかないんです。
もはや<マイペース>=「ゆっくり」一択で悲しい
ということで、周囲の一部の人にとっては私の体調不良は”考えすぎ”のせいだということになっていて、そういう意見を聞きすぎると自分でも混乱してきます。疲れているときは、「そうなんだ」と思って自分を責めてしまう。結局、なんか<マイペース>も<自分らしく>も便利に使われているけどゆっくり、のんびり、適当に、楽しげにやる
という意味の方が多い気がするんですよね。実際ググると「おっとりした性格」って出る… でもさぁ、正確には<マイペース>ってのは「遅い」もあるけど「速い」もあるのにね。自分のペースを知っていてブレなかったらいいのでは?さすがに40代からは私も諦め半分、周りも大人になったし、以前ほど「なんで?」と思うシーンは減りました。自分でつかんだ<マイペース>とは…
体力を使うことに関してはエネルギーが足りないので”ゆっくり休憩しながら”ではなく 早く終わらせたあとで解放感にどっぷり浸りたい!
後回しにすると絶対損することはしっかり先に考える。
一人の時間を多めに確保。
同調圧力というからみつく蔦のようなものを年齢と経験と共にやっと振り切った感じです。
そういえば昔、友人に2人ほど「私、いつもスケジュールいっぱい詰めてたいねん!」と言って、本当にどの予定にも何とかして参加しようとする人がいました。それで本人が失敗することも疲れることもたまにあったみたいですけど。でも、やめる気配はなくって、私はそれを「自分は絶対真似できないけど本人がなんだか幸せそう。あんな人生もあるのね~」と、そばで見てるのがすごく面白かったです。みんながそんな感じになんないかな~。単一民族の日本だから難しいのかな?
誰かはのんびりサンで、誰かはふんわりサンでいい。でも、そんな”のんびりサン””ふんわりサン”が見落としている部分を”さっさとサン””きっちりサン”が埋めて成り立っていることも世の中にはたくさんあるのだから、後者を病人扱いしないでほしい。
もちろん、考えすぎて脳疲労起こすのは自分だって避けたいですよ。だからこそ、<本人が喜んで使ってる脳>にダメ出しするのはやめてくださいな。
そのダメ出しで心が疲弊する。
時速10キロも時速70キロも
それぞれの”マイペース”