繊細に生きていると良く聞くワード。
<ストレス解消><自分のしたいことをする><気を遣わない>
それができてりゃこんなヘロヘロになってないよ。と突っ込みつつ聞いています。
今日も「50歳を過ぎたらいろんなものを捨てて自由に生きる、やりたいことをどんどんやる」という言葉がネットで紹介されていました。でも実際は本気で「したいことができる」人は一握りなんじゃないかな?みんな節約しながらささやかな楽しみで幸せを感じている気がします。「やりたいことを全部はやれないのでやれる範囲でやる」。そこには工夫と思考が必須です。
「やりたいこと」を本気で書き並べたら…
今の時代、何でもやろうと思えばできるけれど、何でもやろうと思うとお金がいる。自分が今「お金のことは一切心配しなくていいからやりたいこと書いてごらん」と言われたら何を選ぶか考えてみました。
語学レッスンに通いたい
映画をいっぱい見たい
家の中を素敵な家具で揃えたい
犬を飼いたい
こんなものかな。一目瞭然、お金がかかる…。できない理由を挙げてくのはあまり好きではないので他の理由はいったんおいたとして、一番の壁はそこにあると思います。ちなみに我が家には余裕が一切ないわけではないけれど年齢的に湯水のようにお金を使うのは危険な世代。住宅も車も修理・買い替えには大きなお金が必要だし、病気の備えも必要。ペットとなると命がかかっているのでお互いが健康的に暮らせるかどうかを考えると新たな家族を迎えるのには考えてしまう年代です。
ではもっと小さな身の回りのことは?
おしゃれをする
気になっているカフェに行く
小さな一人旅をする
うん、これくらいならできそうかも。それでもいざ実行に移すとなると次の思考が邪魔をします。
<やりたいことをする>を阻むものたち
「これいいね」と思うことが少なくなる
なんだか書いていて、少々不安になります。私、病んでる?wまあ、更年期だな~と思いはじめてから無気力になりやすいので当たらずとも遠からず…。最近「わぁ~コレいい!」と思うことがぐっとなくなりました。景色でも服でも食事でも一瞬「いい!」と思ってもすぐ冷めてしまってよく旦那さんに「昨日、行きたいって言ってたとこ行く?」と言われても「え、別にいい…」と言ってズッコケさせています。本当にそうなんです。前の日にお気に入りマークをつけておきながら数日でボツになるものがどれだけあるか。どれも一晩寝ると既視感が出てしまうんですよね。「この服、あの服に似てるな。じゃあいらないやん。せっかく一枚捨てたのに、すぐ買ったら意味ないやん。」「このカフェ、こないだ行ったところと似てるな。」「雰囲気よさそうやけど別にメニューに食べたいものないわ。」なんて感じ。どうしたらいいんでしょ?
<いいね>をたくさんつけれる人はやっぱり若いんでしょうかね。もしくは年齢を重ねていても気力も体力もある方。年齢の話で言うともちろん、単に生きてきた年数の差で”まだ見ていないもの”がたくさん残っている、というのもあるでしょう。だって今若い子に流行っている服とか「あれ、80年代にも流行ったやんww」って思いますものね。
旅行先についても同じような感じ。自分も独身時代から今まで旅行も何カ所か行きましたが昔まだ観光地色が薄くて素敵だった場所が、あっという間に海外旅行客やインスタア映えを狙ったお店だらけになっていて、なんかどこも一緒に見えてしまい、結果、もういいかな~なんて思考になっていきます。
燃費の悪さ
仮に「やりたいこと全部やるぞ~!」とやったところで「終わったら疲れたわ~」ってなることが多いのも40代からの現実。立ちはだかる体力の壁。家族と一緒に住んでいる限り何かしら帰宅後の家に用事はありますのでその分の力を残しておかないといけないのですが、燃費がすっかり悪くなっています。ましてや介護があればなおのことストレス解消だけにたくさんの時間も力も注げません。経済的余裕の具合を考えてそのために仕事増やして体力と時間をそいでしまえばこれまた本末転倒「今すぐにできるわけないやん。」「やったけど失うものもあったわ。」な~んてことも。
<自足>が結局最強だ
~足るを知る~
孟子の言葉で有名ですが、聖書の方はもう少し描写があります。
~私はどんな状況でも満足する、ということを学びました。貧しさも豊かさも知っています。満たされていても飢えていても、物がたくさんあっても少ししかなくても、常にあらゆる状況でやっていく秘訣を学びました。~
こっちの方で好きなのは「学びました」というところ。人生半分過ぎた40代・50代には学ぶ時間が若い人よりたくさんあったではないか!今からでも送ってきた人生を考察する知識と知恵があるではないか!
体力・時間・お金の違いがあったとしても<自足>の思考はみんなに平等。
ということで
節約に喜びを見出す私は今日もささやかに小さな花を生け、掘り出し物を見つけるためにリサイクルショップへと散歩に出かけー本日の満足ーを得るのです。