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自律神経失調症で繊細な専業主婦させていただいております

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災害用に備蓄した食料 家族以外に分けられるだろうか?

 震災があると自分の家の備蓄を見直す良い機会になりますが、今回いろんな情報を漁っていると過去の事例で「備蓄していた食料を避難所に持っていくと周りと分けなければいけない。」「自分の家族だけ食べるのはすごく気まずいのでばれないように食べるのが大変だった。」などの情報が目につきました。真偽は確かめられませんが、自分があまり考えてこなかったことに気づかされました。

ー自分はいざとなったら快く分け与えられるのだろうか?

なんだか自分の嫌な部分をさらけ出してしまいそうですが…。

 いろんなパターンを想像してみました。

 

考えられる避難パターン

家が無事でとりあえず自分の家の室内で過ごせる、もしくは屋内が危険で自分の家近くで車中泊やテント生活をする

 家族だけの空間で過ごせたら、何をどれだけ食べようが周囲の人の目には留まりません。同じ県の車で一時間ほど離れた別の市に親族がいるのでどちらかは被害がマシでいてくれたら(甘いかもしれないけど)情報さえ共有できれば備蓄を食いつぶすして尽きるまでにその後の動きを考えたいと思います。

 問題はご近所さん。我が家は袋小路の住宅の中にありますが、日ごろの世間話で垣間見られる”人となり”から推測するに、ちゃんと準備していそうに見えるのは1,2件しか思い当たらないんだけどな~。築年数の古い住宅地なので一人暮らしもしくはご夫婦でも体の不自由なご高齢の世帯が多く、皆さん近くに子供さんがいらっしゃるのでご無事ならすぐに親子で安否を確かめて一緒に行動されるでしょうけれどそれが無理な場合、普段はご本人たちは災害の時の備蓄より、毎日の生活(病院やデイサービスなど)で手一杯みたいだし、ご親族がどんな準備をしているか知るすべもないわけで。ま、自分の親のことも考えると「そうなってもやむなし」な感じはするのですが。一方、まだ高齢ではない世帯であったとしても災害準備に興味のない家庭があって何も持っていなかったとしたら?

 避難所ではなく、友人・知人たちと協力して避難場所を確保するパターン

 良く知ってる友人同士のグループ避難だったら。日ごろから性格をよく知っていて自分と気が合う人たちはだいたい似た価値観の人なので何かしら準備しているというのがわかっているので、もし何かの事情でそれを家から持ち出せなかったとしても喜んで助けてあげたいと思えます。 

指定されている避難所に行くパターン

 避難所で「初めまして」な人たちの場合。多分、私は悲しいかなどうしても<>を見てしまうだろうな。一人暮らしの高齢者、子供と一緒に避難している片親家庭、外国籍で不安な方などには同情の気持ちがわくけれど、逆にお父さんもお母さんもいて若くて、子供たちもいる家族が「何とかなるっしょ?」って何も用意できていなくてその場にいたら。彼らに気持ちよく分けられるだろうか?…正直めちゃくちゃ考えさせられます。全然知らない人、顔も見えない人に離れた土地から例えば「○○用品を〇箱買って届けてあげる」とかだったら何も悩まずにできそうなのに、家族のためによく考えて前もって少しずつお金を使って備蓄していたものを分けるとなると躊躇するのは<自分の家族を守るためのもの>という意識と思い入れが強いんでしょうね。その瞬間は自分たちも被災者なのですから。

 離れて住んでいる自分の家族でも、もしも日頃「ちゃんと備蓄してる?」って注意喚起してるのに何もしてないのを知っていたら。「困ってんねん!助けて~」って言われた時、私100%愚痴る自信があります。つまり私は、親しさとかの度合いではなくそれまで同じ時間の猶予があって準備できたはずのにする気がなかった人に不親切になってしまうんだろうな。実際はどうだったのか全部を知る方法はないんだけれど。

 あと、どうやったって自分の持っているものでどうにかしてあげられる人数ではなかったら…。申し訳ないけど自分たちは隠れてでもしっかり食べてその分、体を動かす用事を買って出て差し上げたらいいのかしら?そうするしかないよね。

  でも今、震災への救援物資が県外の自治体から続々と届くのをニュースで見ていると自分も誰かのお世話になる可能性があるのだから本当はそんなことを考えていてはいけないんだなと反省中。いくら備蓄していても取りに帰れなかったり、火事で燃えたりしたら誰かに助けてもらわなくてはいけませんものね。実際、そんな場面に遭遇したくはないけれどその日までにもっと大きな心の持ち主になれるよう改心したいと思います。